桜井三男(櫻井翔の祖父)の経歴は上毛新聞の記者!遺骨収集で戦地に!

人気アイドルグループ嵐の櫻井翔さん。

彼の家系はエリートで凄いというのは有名ですよね。

特に彼の父親「櫻井俊」さんは元総務事務次官で、一時は都知事に立候補するのではないか?と言われた時期もありました。

さて、今回はそんな櫻井俊さんの父、翔さんにとっては祖父にあたる「桜井三男」さんに注目したいと思います。

桜井三男さんは新聞記者であったようで、さらにかつて戦地となったパプアニューギニアに「遺骨収集団」に随行もしていたとか。

翔さんの家族についてはよく報道されますが、祖父についてはなかなか報道されないので調べてみました!

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1.桜井三男さんの経歴・プロフィール

櫻井翔さんの祖父、桜井三男(さくらい みつお)さんは、群馬県の地方新聞「上毛新聞社」の新聞記者でした。

上毛新聞は群馬県では一番よく読まれている新聞で、県内では4割の普及率を誇り、読売、朝日といった全国紙のシェア率を上回るほどの新聞だそうです。

上毛新聞社では「専務取締役編集局長」という役職にまで上り詰めています!

この役職は社長の次に偉い役職なので、かなりの重役だったという事ですね!

ニュースキャスターとしても活動する翔さんは、血筋と言えるのかもしれないです。

苗字を「桜井」としていますが、これは印刷した時に「櫻井」だと潰れて読めなくなってしまうからという理由があるそうです。

翔さんも昔は「桜井」を使っていましたが、2002年に「櫻井」に直しています。

自分の報道番組を持ったら「桜井」にしたいと語った事があり、誇りを持っている事が分かりますね!

また、三男さんはすでにお亡くなりになっています。

いつ頃まで存命だったのかは分かりませんでした。

三男さんが亡くなってから3、4年後に、翔さんに宛てた遺書が見つかっているんだそうです。

翔さんが言うには「本棚の裏かどっかに隠されていた」んだとか。

宝探しみたいですよね!

翔さんはおじいちゃんが大好きだったようで、可愛がってもらっていたのでしょう。

個人的に別れの言葉を贈ったわけですね!

2.遺骨収集団に随行

櫻井翔さんは、2015年にパプアニューギニアのラバウルへ遺骨集取の取材に行っています。

その時祖父の三男さんも遺骨収集団として、パプアニューギニアに訪れていた事を知りました。

三男さんは1ヶ月で8800体の遺骨収集を行ったという記録が残っているそうです。

新聞記者というジャーナリストの心や、戦没者への思いを胸に遺骨収集をしようと思ったのではないかと思いますね。

戦争時は情報統制というものが敷かれ、今のような報道の自由はありませんでした。

新聞記者としては、記事にして書く事のできないもどかしさもあったでしょう。

その代わりに行動で示そうとしたのではと思います。

また、翔さんもパプアニューギニアで遺骨収集をして、もはや骨とも分からない遺骨を見つけていました。

その時に翔さんは、

「日本に帰りたかったんじゃないかと思います」

「70年間ずっとこの場所ですからね」

と語っていました。

祖父の三男さんも同じような思いを持っていたのでしょう。

遠く、日本とはまったく違う気候の異国ではなく、祖国日本に返してやりたい、弔いたいという想いがあったのではないでしょうか。

4.まとめ

櫻井翔さんの祖父「桜井三男」さんについてまとめました。

まとめると桜井三男さんは、

  • 上毛新聞の記者で、専務取締役編集局長にまで登った人物
  • 遺骨収集団に随行しパプアニューギニアへ行っていた

という方でした。

今年2017年の24時間テレビ内でも、三男さんの事が取りあげられるみたいです。

人生をかけて取材した「平和への想い」が初めて明らかになるという事で、どのような事が語られるのか、気になりますね!

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