松永太の息子が語った内容まとめ!虐待や両親(父母)と小学校生活とは!

松永太の息子の1人が「ザ・ノンフィクション」に出演し、その壮絶な内容を語っています。

名前を3つ使い分けて正体がわからないようにしていた事や、両親が逮捕されるまで他の大人にあった事がなかったなどは、非常にリアルな内容ですね。

番組で本人の口から語られた内容をまとめていきます。

息子さんの現在は以下の記事をどうぞ。

※追記

10月22日の同番組の内容より、新たな記事を追加しました。

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1.虐待の内容

24歳の息子さんは、弟とアパートで松永太と別に暮らしていたそうです。

食事は一週間に一度母親が買ってきていたとの事でした。

父である松永に食パン一枚を差し出され「これで1日どうするか考えろ」と言われていたと語りました。

それを息子さんは三分割して1日生活したそうですから、本当に壮絶です…

食料が残り少なくなってくると、次の食料が来ないのでは?と心配になったと語ってもいます。

そのような環境では無理もない事でしょう…

また、松永がステーキなどを食べている中、カップ麺に栄養のためと言いラードを入れて食べさせられたりした事もあったと言います。

松永と風呂に一緒に入れば頭を水の中に沈められたと言いますが、風呂に入らなければ気持ち悪いから、息子さんから入りたいと言うのを待っていたと語りました。

「お風呂で頭沈められて、水飲んだら頭の後ろ痛くなるじゃないですか」

と語る息子さんの感想は非常にリアリティがあり、背筋が寒くなる感覚を覚えます…

また、通電と呼ばれる電気コードで電気を流すという行為もされていました。

松永から、弟に対しお前がやれと命じられた事もあったそうです。

なんとも胸糞悪いですね…

しかも、生活していた部屋には監視カメラがあり、生活の様子はずっと見張られていたそうです。

何かあればそれに対し、また色々されたのでしょうね…

2.母親も嫌いだったと語る

母親の緒方純子に対し、非常に嫌悪感を示していた息子さん。

自分の事を庇ったりしてくれず、虐待に加わっていた母親の事をよく思うはずはないですよね。

自分に対し、松永から命じられ何かしてきた時は謝罪もあったと言いますが、結局は松永と同じだったと言います。

今はどうでもいい、なんとも思わないとそれ以上は語りませんでした。

3.初めての学校

両親が逮捕されるまで出生届が出されておらず戸籍がなかったため、学校に通った事もなかったという息子さん。

施設で暮らし小学校に通うことになったのは4年生の時だと言いますが、3年生から通おうと促されたのだそうです。

ですが、そのことになんの疑問も抱かなかったというのが、また非常にリアルです…

学校で女の子に好きと言われても、友達として好きとの違いが良く分からなかったというのが、彼の誰とも関わらなかった幼少期の影響を感じさせますね。

また運動会や授業参観というものが大嫌いだったと言います。

施設育ちでもあり親の事が分かり始め、周りと違うという事を意識するようになったという事でしょう。

自分に対して色々言っていきた学校の友人に、椅子を投げつけた事もあったとか。

親身になってくれる教師もいたようですが、信用する事が出来なかったと言います。

「お前に何がわかるんだ」「俺の事を思うならほっといてくれ」

という気持ちだったというのは、なんとなく分かります。

他人を信用するという事を学ばずに生きてきたのですからね。

4.次回予告とまとめ

松永太と緒方純子に死刑判決が言い渡された2005年の時、彼は中学生でした。

彼は自分も親のようになるのではないかと思ったようですね。

子供の時の記憶がなくなる事はないので、無理もありません。

これらについては、来週の放送で語られるようです。

次の放送を待つことにしましょう。

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